11月 16

アメリカも経済破綻しそうだし、
中国もどう考えても破綻しそうに見えるし、
朝鮮半島なんてウォン安で貿易輸出で利益を出せればいいけど、駄目だったらもうすぐ終わるし、
日本なんてもうことごとく終わってるし。。。

 世界というか資本主義社会はもう駄目なんじゃないかと、常々思っているのだが、じゃあ「以前は終わりかけてなかったのか?」というとそうでもない。。。ということに今更気づいた。

そう考えると、(ちょっと飛躍するが)人の心のありさまと同様に、こういう不安定に揺れ動くような状態で、どこかに負を抱えたままゆらゆら揺らいで居続けるのがこの経済の自然な様なのかも知れないと思い始めた。

「世界から貧しさをなくそう」とか、「環境破壊を止めよう」と言うことを目指すのは、人で言えば、「心の弱さを克服しよう」とか、「老いを止めよう」とか言っているのと同じことで、ただ闇雲に理想を追い、どだい無理なことがかなわぬことで無用にストレスを作り出しているだけなのでは無かろうか。

まずは「汝自身を知る」ことで、あるべきこと、するべきこと、悩まなくてもいいこと、受け流すべきこそ、抗えない時の流れの中で自分は、自分たちはどう生きるべきなのか?とういことが見えてくるのだろう。

社会の仕組みが今のままである以上、地球に国という国境があって、人間が利権を求めて戦争という手段を未だに使い続ける以上、貧困は決して無くなることはないだろう。
同じように、人類が地球で経済活動を続ける限り、進行のスピードを遅くすることは出来たとしても、環境破壊は止まらないだろう。

不治の病と一緒で、その状況でいかに柔軟な対応をしていくかということが必要なのではないか?

ーー地球ーー既に、ヒトというガン細胞に犯された末期かも知れない不治の星。
そこでヒトが生きていくということの価値を追うというアンチノミー・・・

原子や分子のレベルから、ヒトのことなど通り超え、地球や宇宙のレベルまで、すべては常に「不安定」
今までずっと不安定なまま来たのだから、これからもずっと不安定なんだ。

そしてそれが普遍=”安定”。

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