11月 29

母方の祖母の葬式にて

ここで思い出や人の死の無情さを祖母の死去と重ねて書き連ねてみても意味はないので、そう言う感傷的なモノは敢えて省いてただただブログ的なことを書きますが、別に祖母の死を悲しんでないわけではないのであしからず。

さて、御年92歳の母方の祖母が11月20日他界しまして、22日に火葬と葬儀があったので長野に帰ってきました。

自分が5歳くらいの頃に他界してしまった祖父などは戒名を書いた位牌があり、それが仏壇に置いてあったのでてっきり今回も仏教かと思っていたのですが、というかそんなことすら考えてなかったのですが、お葬式は神道でした。

後々聞いた事情によると、坊主がやたらと檀家にせびってばかりいるので、怒って叔父が檀家を出てしまったとのこと。

母によると、ここ数年にあったその他親族の葬儀も神道ばかりだったということで、身内の改宗が進んでいるのでしょうか・・・?

神道形式の葬式
全ての勝手が違っていた。。。

勿論お坊さんもいなければ

念仏、説法、戒名無し
正座、数珠、焼香不要

淡々となんか儀式が行われているのを見ているだけで終わってしまった感じ。(宮司というか神主みたいなのと雅楽を鳴らすその手の格好の人が計7人いた)

ちなみに絵に描いたような田舎なので、本家とか分家とかそう言うのがあって、しかも母の実家はその本家なので、結構な数の参列者が参加をして結構大がかりでした。

 

元々戒名とか要らないと思っていたし、葬式もしなくて良いと思っていたけど

自分の時(自分が死んだ時)もコレならまだアリかもな、と思った。(でも骨は散骨で。)

あと、いつか自分が喪主を務めないとならない日も、否が応でも来るわけで、その時までに両親もこっちでお願いを出来るように話をしておかねばなるまい。

むしろそういうことが現実味を帯びる前に。

 

と、実は般若心経好きでMP3をiPhoneに入れてヘビーローテで仕事中に聞いている俺は思った。。。

※般若心経=仏教の教えを262文字に集積した経典


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