3月 03

ほとんどマネキンのような、全人口のうちのゼロコンマ何%かのスーパーモデルに
合うように仕立てられた服を着て、しかもそれらは同じモノを仮に同じ人が着ていた
としても、普段街を歩くことはできない代物で、それをコンセプトモデル?として
発表するブランドのファッションショーというものは、果たして本当に価値があるのだろうか?
まだ“モーターショー”のコンセプトモデルの方が現実味があるんじゃなかろうか?
などと思っていたものだが、その“無駄?”の有効性がモノ作りということを考えていて
ちょっと分かったような気がするので、頭を整理する確認がてら書いてみることにする。

豪華さや贅沢さなどというものは一定の“無駄”があることが一つの要素であるかと思う。
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